よく分からないものをすごく見せる~昭和元禄落語心中~

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専門的でマニアックな世界を、知らない相手に対して魅力的に見せるというのは、とても難しいことだ。普遍的な感性とその世界独特の感性のベン図が交わる、最大公約数を精度高く射抜かなければならないからだ。

アニメや漫画では、それまでメジャーではなかったスポーツやアクティビティが取り上げられることがある。「ちはやふる」や「ハイキュー」、「弱虫ペダル」などが最近では思い当たる。「囲い手崩し」や「ゼロテンポ」といった理解しやすい専門的な要素は絶妙に素人を熱くさせる。しかし、これらを見たときに熱くなるのは、やはり解説をしてくれるキャラのお陰でもある。彼らがいかにそれがすごいことなのかを熱弁してくれることで、視聴者はのめり込んでいく。

それは裏を返せば、百人一首やバレーの試合をひたすら垂れ流したときに、その魅力が受け手に伝わるかどうかということにもなる。恐らく、先に上げた作品の魅力は大きく減ってしまうことだろう。

さて、ここからが本題だ。

つい先日、「昭和元禄落語心中」というアニメの放送が始まった。その名の通り、落語をテーマにした作品なのだが、このアニメはすごい。このアニメは、よくわからない落語という世界を、落語という素材それだけで、ど直球ですごいと思わせる作品だ。

 

古風 x ハイカラな良いセンスと丁寧なつくりこみが、落語を魅せる

時代は昭和。刑務所から出てきた与太郎が遊楽亭八雲に弟子入りをするというストーリーだが、物語の大半のBGMがお囃子だったり、欧州文化をお洒落に取り入れた時代ならではのハイカラな顔が見えたり、古風とお洒落を絶妙なバランスで保っている。

第一話の物語の中盤、与太郎を連れ戻しにきたヤクザの兄貴分を前に与太郎が寄席で落語を披露するシーンがある。このシーン、5分ほどノーカットで「出来心」というネタを見せるのだが、その表現が凄まじい。声優の演技力ももちろんすごいが、それよりも演者の表情やジェスチャーといった細かな所作、体が火照り汗が蒸発し湯気を出している様子などを丁寧に描いているその丁寧さが凄まじい。そのシーンを誰かが解説してくれる理由でもないのだが、見ている側としては何かすごいものを見せられているのだと感じてしまう。

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また、絶妙なのは落語の後半でフェードインしてくれるjazzyなドラムだ。これまでのお囃子一点張りから一転、いきなりハイカラなテンション。和のカタルシス。ついつい気分が高揚してきてしまう。爽快だ。まるで、どんどんと落語がノッてきた与太郎とシンクロをしているようだ。

聞く人によってはマンネリが始まりそうな落語の終盤から思い切ってジャズを入れる。これは間違いなく英断だろう。

かくいう自分は普段から落語を聞く人間ではないので、この物語の落語が本当に落語を愛する人たちの目にどう映ったかは分からない。しかし、落語を知らない人に対して「落語ってなんかすごい!」と思わせるには十分な一話だったかと思う。

ただでは終わらない。椎名林檎 X 林原めぐみ

しかし、なんといっても第一話ではラストに度肝を抜かれた。作中で垣間見えたハイカラな部分をここぞとばかりにテーマ曲にぶち込んできたのだ。しかも、椎名林檎と林原めぐみというタッグだ。

言葉は要らない。第一話の流れで聴けば、必ずやられるだろう。

 

最高のクオリティで登場した昭和元禄落語心中。今後の展開(見せ方)に注目だ。

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